4月27日のメントレG

4月27日のメントレG


今回のゲストは。。。


山下真司さん

石田ひかりさん

松村雄基さん





渡辺正行さん

伊東四朗さん

ラサール石井さん




トーク二本立てです!!!



では、ゲストの紹介を・・・


山下 真司
(やました しんじ、1951年12月16日 - )は、山口県下関市出身の俳優。血液型はB型。事務所はフロム・ファーストプロダクション。下関市立下関商業高等学校卒業、中央大学文学部中退。

1975年に文学座附属研究所に入所し、卒業後に劇団NLTに入団。1979年の『太陽にほえろ!』でのスニーカー刑事役としてテレビデビュー、一躍有名人となる。

『スクール☆ウォーズ』で主役の熱血教師を演じる。同番組はヒット作品となり、ドラマ内の「俺はこれからお前たちを殴る」の台詞が流行、山下の代名詞となった。以後様々な番組でこの作品のパロディを披露。近年出演したドラマ『富豪刑事』(第1シリーズ)の1エピソードでは、ほぼ全話を使いこの作品のパロディを演じた。

現在でもドラマ、CM、舞台、映画などで長年にわたり活躍している。また、料理紀行番組『くいしん坊!万才』では9代目くいしん坊として全国各地を歩き、郷土料理を食べまくった。





石田 ひかり
(いしだ ひかり、旧姓:石田、本名:訓覇 ひかり(くるべ ひかり)、1972年(昭和47年)5月25日 - )は、女優。 堀越高等学校卒業。亜細亜大学法学部卒業。二松学舎大学大学院文学研究科国文学専攻博士前期課程(修士課程)修了。姉は、女優の石田ゆり子。姉が社長を務める個人事務所「風鈴舎」に所属。

2001年5月、NHK大阪放送局のディレクター(当時)の訓覇圭(くるべ・けい)と結婚して一時兵庫県西宮市に在住、2003年同局製作の「連続ドラマシリーズ かるたクイーン」にも出演し、同年5月31日に長女を出産。その後訓覇の東京への転勤に伴い東京へ戻り、2005年1月23日に自宅で次女を出産した。

アイドル時代の愛称は「ピカ」。現在も姉からはそう呼ばれている。




松村 雄基
(まつむら ゆうき、本名:松村 憲幸 まつむら のりゆき、1963年11月7日、東京都文京区出身)は俳優である。 オールスターズ・カンパニー所属。

都立板橋高校在学中にテレビドラマ「生徒諸君!」で沖田成利役でデビュー。

若い頃はその顔立ちから不良役が多く、数多くの青春ドラマに出演していたが、現在は父親役など柔和な役もこなす。眉毛が印象的で、共演者達から「10時10分」と形容された事もある。「スクール☆ウォーズ」の撮影の時は、その眉毛をさらに書くメイクをしていた。

秋山幸二とは親友の間柄である。剣舞家であり書家でもある。178cm、63kg。血液型はB型。





渡辺 正行
(わたなべ まさゆき、1956年1月24日 - )は、日本のタレント、お笑い芸人、司会者。所属事務所は「なべや」(と言っても石井光三オフィスの系列の個人事務所であり暖簾分けの状態)。愛称は「ナベ(ちゃんあるいは、さん)」「リーダー」。

大学在学中の1977年劇団テアトル・エコー養成所に入所。ここで一級上のラサール石井、同期の小宮孝泰とコントグループ「コント赤信号」を結成。1980年フジテレビ系『花王名人劇場』でデビュー。「MANZAIブーム」を初めとしたお笑いブームの最中、人気コントグループとしてテレビを中心に活躍、「赤信号」のリーダーとしてお茶の間で人気を博す。
特技はコーラの一気飲み。かつてレギュラー出演していた『笑っていいとも!』(フジテレビ系)では、一般出場者が渡辺とコーラの一気飲み対決をするコーナーがあり、そこで渡辺はほぼ無敵を誇った。この特技にまつわるものでは、地方の営業でコーラの一気飲みを披露し、ギャラの100万円を貰うとすぐにその場から消えた、という逸話がある。ちなみに、本人による一気飲みのコツは、「我慢」をすることと、コーラは冷えたものではなく常温のものでないと飲みにくい、とのことだそうである。




伊東 四朗
(いとう しろう、本名:伊藤 輝男(いとう てるお)、1937年(昭和12年)6月15日 - )は、日本のコメディアン、俳優、司会者、タレント。東京都出身。東京都立市ヶ谷商業高等学校卒業。次男はタレントの伊東孝明。


1958年、早稲田大学生協職員だった当時、石井均一座の舞台を見に足繁く通っていた為、一座の役者が伊東の顔を憶える程になっていた。そんな経緯もあり、石井一座の役者から「君も(舞台で)やってみないか?」と誘われ、石井一座に参加する[1]。同期には財津一郎らがいた。

1975年以降、三波の意向で「てんぷく」名で活動を抑制した頃、小松政夫との共演が話題になり、テレビ番組『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』での親子コントや『電線音頭』でのベンジャミン伊東(この名前の由来は、イギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンから)、『笑って笑って60分』での「小松の親分さん」などのネタで人気に火がついた。小松と2人で生み出したギャグがいくつもあるが、正月によく流れる琴による演奏の『春の海』を口で表現する「つん、つくつくつくつん。つん、つくつくつくつん。ひやーひんひらひらりー、べんべらべんべらべんべらべんべらべん」は伊東のオリジナルである。

また、「ずん」や「ニン」、「ど〜かひとつ」といったギャグも有名になった。「ベンジャミン伊東」としてのスタイルは、藤田まことら古くからのコメディアン仲間から「あいつはバカになったのか!?」と驚嘆されるほどのインパクトがあり、小林信彦からは大いに絶賛された。それまで「てんぷくトリオ」のサブ的役割だった伊東が、にわかに芸能界で存在感を示し始め、1979年には『ザ・チャンス!』(TBS系)の3代目司会者に抜擢されるなどした。




ラサール 石井
(ラサール いしい、1955年10月19日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、声優、演出家である。本名、石井 朗夫(いしい あきお)。旧芸名、石井 章雄=読みは本名と同じ。血液型はO型。愛称は「チクリ(関西弁で「暴露」の意味)」「ラサール」。大阪府大阪市住吉区出身。早稲田大学第一文学部仏文学科中退。事務所は石井光三オフィス所属。
1970年代から80年代にかけ、関西において伝説的な存在であった学習塾『入江塾』で受験勉強をし、名門と言われる私立ラ・サール高等学校(鹿児島県鹿児島市に所在)に合格。実は灘高等学校(兵庫県神戸市に所在)も受験したが不合格だったと某番組で明かしていた。 早稲田大学第一文学部仏文学科に進学。早稲田大学在学中に劇団テアトル・エコー養成所に入所。また、同大ミュージカル研究会にも所属していた。その後、一期下の渡辺正行、小宮孝泰と共に、コント赤信号を結成。芸能活動の為大学は中退した。

1991年の初め頃に、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のハガキコーナーで ハガキを持ってくるアシスタントとして1度だけ出演した事がある。




今回は、スクールウォーズにコント赤信号といったところかな。。。

今のお笑いにはない笑いがおきそうですね








引用元・・・Wikipedia


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